今日は、快晴でした。なんとこの天気の良い日にコロは、講演会を司会を務めておりました。保険医協会主催「チェルノブイリ事故の医療支援の経験から福島を考える」講演会が開かれました。講師は、松本市の現職市長、同時に医師の肩書をもっておいでます。今はもうほとんど医師業務は困難ですが、元は信州大学付属病院に勤務する甲状腺外科の専門医でした。チェルノブイリ事故から数年、ベラルーシ共和国で小児の甲状腺がんが多発し、それを耳にして、なんと大学の職を辞し、ベラルーシで5年半にわたり、医療支援を続けた持ち主です。それだけもドラマですが、さらに市民から推されて市長に、なんと波乱万丈な人生でしょう。

sugenoyakouenイントロはそのくらいにして、

内容の紹介を少し

1.日本の社会は、急性反復性健忘症に侵されている

日本の社会は、わっと騒ぎ、すっと引いていく社会。ドイツを訪問したときに、「日本の国民はどうしてもっと意見を言い続けないのか」と質問された。

2.低線量被爆の危険は、ほとんど知見がない。「安全だ」ではなく、「わからない」というのが正しい。

ベラルーシでは、年間5ミリシーベルト以上は、居住禁止区域。1~5は居住困難区域、1ミリ以下は低汚染地域となっている。日本では、20ミリシーベルト以下が帰還可能区域となっている。この差は何か? 低線量被曝の知見はほとんどない。ただ、一つ参考になるのは、同じ原発事故で被曝したベラルーシの経験のみだろう。それ故、ベラルーシに学ばねばならない。そして、氏は数年前、ベラルーシで再度の調査を行う。低汚染地域に住む子ども達、その中に見たものは、免疫能の低下、貧血、周産期異常、易疲労性、集中力と体力の低下、であった。原因を今の段階で、理論的に説明するデータはない。しかし、その現実は重い。

3.そして、「まつもと子ども留学」へ

国に行っても動かない。誰かがしなくてはならない。その思いが結実したのが、まつもと子ども留学である。この制度は、福島に係わる医師や弁護士が立ち上げたNPO法人が福島の子ども達を松本市で受け入れることを目的に設立されたものだ。その趣旨に市も賛同し、現在住居支援と教育支援を行っている。主体はあくまでNPO法人。それには多額の資金が必要であり、この制度の成否は一重に多くの理解と善意に掛かっている。この制度を全国に! そのためにも失敗は許されない。

4.何より子どもを守りたい

ベラルーシでの体験から、そして市長へ。その経歴の故に、全国時に海外からも講演をお願いされる。「大人はいい。だが、子どもは自分で自分の生きる場所を選べない。だから、国が守るべきなのに、国は動かない。それ故、私達は今活動している。秋田で講演をしたときに、小学校二年生の女の子が手紙を渡してくれた。「私達のために、活動してくださって、ありがとうございます。私は福島から、お母さんの故郷、能代へ移ってきました。昔は、AKB48に入るのが夢でしたが、今は家族一緒に暮らすことが一番の夢になりました。時々、淋しくって泣きたくなることもあります。でも、みんなが応援してくれているので、放射線なんかに負けず、頑張ります。」 目がうるうるしてきた。