胃・大腸の内視鏡を専門として、地域医療に取り組んでいきます

MENU

10.和と怨念②

延暦寺

比叡山延暦寺

前回お話しした「和」と今回お話しする「怨念」は日本古代史の表裏をなしている。こう言うと胡散臭げに眉をひそめる読者も多いことだろう。実際、学校の歴史の時間にそんな話題が持ち上がることはほとんどない。だが、しかしである。

ちょっと前に、陰陽師「安倍晴明」がテレビや映画で取り上げられ話題となった。彼は陰陽道に基づいて、政治への助言をすることが本来の仕事だったが、その一部に怨霊への関わりがあったことは紛れもない事実である。怨霊、そしてその前提となる怨念。今日はその話題をまじめに取り上げてみたい。
飛鳥、奈良、平安と続く時代。天皇の即位の度に数々の陰謀があり、暗闘があった。日本の古代史は表向きの「和」とは裏腹に血にまみれた権力闘争の時代である。平安京を作った桓武天皇は、天変地異のすべてを怨霊のせいと畏れ、その対策に血眼になった。遷都そのものもそうした彼の恐怖心に基づいたものと言えなくもない。無実の罪を着せられ憤死した早良親王ばかりでなく、桓武天皇の即位を可能とした井上内親王、他戸親王の不自然な死など・・この辺りの歴史は小説よりも奇怪至極だが、それは本題ではない。
さて、この怨念を抱いた霊、すなわち怨霊を鎮めるための切り札だが、一体何だったと思われるだろうか?
それは比叡山延暦寺である。日本宗教の故郷、古代から中世にかけての学問の一大中心地でもある。日本人なら誰もが知っている。だが延暦寺が果たした真の役割を知る人は意外に少ない。そう思う。
延暦寺は京都からみて、鬼門の方角にある。否、鬼門の方角にあるからこそ、比叡山延暦寺はそこに造られた。無論怨霊から平安京を守るためにである。そして、その役割を担ったのが天台密教だった。最澄に拠って中国よりもたらされた新興の仏教。当時力を持っていた奈良仏教を駆逐するがの如く、時の天皇に厚く保護されていった。なぜか?
真言宗と並ぶ天台密教は天台教学、戒律、密教、禅の四つの思想からなっている(四宗兼学)。その特徴は宗教という枠に留まらず、当時の学問の府とでも言うべきものだった。それともう一つ。これこそが今日の主題だが、日本密教の本領は「加持祈祷」にあった。もっと言えば、怨霊調伏であり、逆に呪詛そのものである。天皇を初めとする平安貴族を災厄から守ること、時に敵を追い落とすこと、それが密教の大きな役割だったのだ。今の新興宗教と同じ、現世利益をもたらす(そう信じさせた)ことで密教は熱狂的歓迎を受けることになった。
念のためにお断りしておくが、私は密教に対して何の偏見も持っていない。むしろ、天台密教と並ぶ真言宗の開祖、空海(弘法大師)は最も尊敬する人物の一人だ。その類い稀な知識量、行動力、政治力は他に比べるものがない。そして何より民衆に愛された。彼が開いた私設大学とでも言うべき「綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)」は庶民に開かれた画期的なものだったと言われる。
平 安京の成立、怨霊の存在を貴族も庶民も何の疑いもなく信じていた時代。おそらくそう信じるに足る程、多くの無実の血が流され、その結果呪いとしか考えられない天変地異が頻発したのだろう。不思議なことだが、平安四百年の間死刑は公式には一度も執行されていない。ただ一つの例外は蝦夷の英雄アテルイだ。この二つの大きな謎を皆さんはどう解かれるだろうか?

時間外、休日に急用の患者さんからのお電話は転送されます。しばらくお待ちください。 TEL 076-237-2811 平日9:00~18:00

PAGETOP
Copyright © 大平胃腸科外科クリニック All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.