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15.縄文時代と格差

イルカ漁 一昔前、日本全国に広まっていた言葉は「一億総中流意識」だった。思えば、あの頃の日本は本当に平和だった・・と感慨深く考えるのは私だけだろうか。それでは現在の世の中を表現する言葉は何だろう。あまり使いたくもない「格差社会」と言うことになるのだろうか。
私が縄文時代を褒めすぎると、周りの人達は時にこう言う。「縄文時代にも戦争はあったし、既に階級はあったんだよ」と。それに対する私の答えはこうである。「縄文時代には役割分担はあっても、固定化した階級はなかった」無論見てきた訳ではないから、あくまで私の意見に過ぎないのだが・・
差別という言葉だが、視点を変えて考えてみると面白い事実に行き当たる。同和問題という言葉を私は大学生になるまで知らなかった。これは私が能登の片田舎に生まれた故だと思っていたが、どうもそうではないらしい。調べてみると、関東から東北にかけての地域においてはそういう問題意識が非常に希薄なのだ。このエッセイを読まれている皆さんの出身を辿ると、多分その意識の差を実感として感じられるだろう。
同和問題は極言するとはっきりとした西高東低の差が存在する。この差はおそらくは弥生と縄文に遡ることができる。無論西の弥生と東の縄文という対峙である。もう一つ注目すべきは、日本固有の「穢れ」の意識にも同様な地域格差を指摘することができるのだ。女性が出産した後の胎盤を縄文時代は生命の根源として、大切にした。玄関の土間に埋め、そこを通る全員が踏みしめて、その力にあやかろうとしていた。しかし、弥生は同じものを忌み嫌い、人目の付かぬ場所に秘かに遺棄してきた。この差は一体何だろうか。
縄文へ話を戻そう。これまでのエッセイでも述べてきたように縄文時代には様々な狩猟が行われ、部分的な穀物栽培も始まっていた。土地の造成、大型の建物や柵・溝の建設、道路の敷設など、そうした大規模な事業を遂行するためには全体を指揮し、取り仕切るリーダーが必要だった。それは間違いない。
それではそのリーダーはどういう存在だったのだろうか。社会の階層化とはそうしたリーダーが集落の中において土地や生産手段などを専有する、すなわち全体のものが個人に捧げられるという基本的構造が必要である。しかし、縄文時代にはそういう痕跡は未だ発見されていない。土地が特別に区画され専有された跡、特別な構造や目的を持ったと思われる建物、そういったものも全く存在してはいない。せいぜいお墓の規模が多少異なったり、副葬品が豪華だという違いくらいだ。つまり、縄文時代には余剰を専有したり、全体に君臨して特別の待遇を受けていた階級は存在していなかったと結論づけるしかないのだ。まあ、十年後にはそんなことは大嘘だったということになるかもしれない。
弥生時代とは余剰の生産、その中で鉄を使った武器を作り、戦争に突入していった時代である。人は貧しいから戦争をするのではない。豊かだからこそ戦うのだ。階級が生まれ、そこに貧富の差が生まれ、貧しさ故に命を落とす者がいる。そんな理不尽に目をつぶって、テロを非難しても世界に永遠に平和など訪れようはずもない。
「私は貝になりたい」という映画があったが、私も時々縄文時代に行きたい、そう真剣に考えることがある。隣で嫁さんが「屋久島の食べ物に二日で音を上げた人は誰?」と呟く。

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