胃・大腸の内視鏡を専門として、地域医療に取り組んでいきます

MENU

16.縄文社会と祭り、そして酒

祀り私にとって、日本史は趣味の領域である。高校時代に習った記憶はないので、系統的に知識を習得したのは中学時代が最後ということになる。さて、中学の歴史のテストで「この道具は一体何に使われたか」という設問に対して、「祭祀に使った」と記入する。そうすると○がもらえた。こういう経験は皆さんも少なからずおありだろう。それでは「祭祀って、何?」と尋ねられると、明確に答えることは意外に難しい。
面白いことに、この「祭祀」を「お祭り」という言葉に置き換えると、途端に日本人全体にとって、身近なものに変わってしまう。Wikipediaに拠ると、「祭り」とは「祀(まつ)る」の名詞形であり、本来は神を祀ること、又はその儀式を指すとある。そう考えてみると、今でも多くの祭りは出発点が神社であることに気づく。そして、その神社からは神輿が担ぎ出されていくのが常である。
実はこの祭りの原型は縄文時代にある。えーっホントかよ?って、今思ったでしょう。既に何度か述べてきたように、縄文社会は原始アニミズム(自然崇拝)によって支えられてきた。縄文人は森羅万象、万物に生命・精霊が宿ると考え、神格化した。おそらく、超自然的で不可解なことは尚のこと、崇拝の対象となっただろう。
こうした信仰と縄文人の生き方が祭りを生み出した。生産と消費がちょうど釣り合うということは通常はありえない。足りないか、余るか、おそらくはそのどちらかだ。どんなに共生型の社会でも、その中で工夫はするし、生産手段の進歩もある。縄文時代もやがて生産の余剰を抱えるようになった。それではその余剰をどうしたか。
特別な地位のリーダーを生み出さない。社会の団結を維持する。当然生まれてくる集団の中の軋轢や不満をスマートに解消していく。こんな連立方程式を誰が解けるだろうか。でもその解を彼らは見つけたのだ。そして、その答えこそが「祭り」だった。余剰を大量消費し、集団の中で等しく分配する。それは同時に個々の構成員を繋ぐ潤滑油であり、不満や軋轢を解消するはけ口となった。無論祭りは全体として、信仰の対象となる自然への供物であったことは言うまでもない。何と見事な社会システムだろう。縄文人の智恵に驚くばかりだ。
ここでちょっと寄り道を!祭りと言えばお酒。縄文時代のお酒について、蘊蓄を語りたい。下戸の私がそんな話をするのも何か釈然としないだが・・。実は話はそれほど簡単ではないから困る。日本酒の起源、つまり米を原料にした酒の出現を文献的に証明できるのは8世紀に入ってからだ。風土記に出て来る古代の酒は唾液中のアミラーゼにより発酵させた極めて原始的なものであったという。
それより何千年も前の縄文時代は? 起源的には、世界では果実酒と呼ばれる自然発酵酒が遙かに多い。その方が圧倒的に製法が簡単なのだ。ところが日本にはその果実酒の痕跡がない(とされてきた)。でもご安心下さい。近年の研究では三内丸山でニワトコの密集層が発見され、同時にショウジョウバエの蛹(さなぎ)が同じ場所から多数見つかっている。このハエは発酵酒に集まる性癖がある。東北には他にもサルナシ、ヤマグワ、ヤマブドウの密集層が発見されている。結論の出るのは近いだろう。
祭りの季節になると、損得無く血が騒ぐ。商売を放り出して、祭りにのめり込む。そして、それが地域の団結を深める。諏訪の御柱祭り、岸和田のだんじり祭り、浅草の三社祭。列島を彩る多くの祭りが日本人の心をかき立てるのはそうした歴史に裏打ちされたものであることは間違いない。

時間外、休日に急用の患者さんからのお電話は転送されます。しばらくお待ちください。 TEL 076-237-2811 平日9:00~18:00

PAGETOP
Copyright © 大平胃腸科外科クリニック All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.