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25.日本の鳥居

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アカ族の村の入り口の門

zatuwa25-1  10月のシルバーウィーク、初めて広島を訪れた。平和運動に多少なりとも係わっているのに、自分でもお粗末なことだと思う。正直、敷居が高かった。この話は深く掘り下げないことにして・・。私が訪れたのは定番どおり、安芸の宮島と原爆ドームである。

到着したのは午後1時を回った頃だった。フェリーで渡った(実はそれも初耳)宮島は予想したより、ずっと大きかった。絵はがきで見た海に立つ鳥居の姿は、どこにもなく、干上がった潟の上を大勢の観光客が行き来していた。ちょっとがっかり・・。
さて、今日の話はこの鳥居である。鳥居と言うと、大抵の方は神社を連想されるだろう。ところでこの鳥居はどういう意味を持つものなのか。その意味も歴史もほとんど知られてはいない。本当に世の中って、身近にあっても知らないことって多い。そもそも鳥居の形は一種類ではない。その派生様式を紹介すると数十ではすまないだろう。皆さんも、鳥居を描いてみろと言われると、多分三者三様のものになるのでは?
鳥居のこちらは、此岸(この世)。向こうは彼岸(あの世)。つまり鳥居とはこの世とあの世を隔てる結界の意味を持つ。
鳥居の名前の由来だが、これも諸説。「鳥が居やすい」場所。これなんかはそのまんまという感じ。「通り入る」が転じたとする説もある。要するに分かっていないということである。
次に起源の話である。神話では天照大神が天の岩戸に隠れたとき、大神のお出ましを願い、長鳴鳥(ながなきどり)を横木に止まらせて、鳴かせたのが起源だとされている。これは絶対嘘だろう。いずれにしても、鳥居が日本に出現し、定着したのは奈良時代に間違いない(根拠は自分で調べてね)。8世紀頃の話だ。
最近の遺伝子学的、文化人類学的アプローチでは、起源を中国の長江上中流域に住んでいた百越人の文化に求める説が有力となっている。さらに現在の雲南省とビルマの国境付近に住むアカ族の「パトォー・ピー」(精霊の門)が鳥居に酷似していることが分かってきた。百越人からアカ族に至る染色体が共通していることから、百越人の一部が北方から圧迫されて、南方へ逃れ、同時に鳥居の原型となる文化も伝わったと考えられている。
鳥居の起源をこのアカ族由来とすると、興味深い二つの事実に行き当たる。一つは、アカ族の門では時に鳥に似せた造形物が飾られるということである。先述した文字通りの「鳥が居る」だ。もう一つは、アカ族の門も鳥居も結界という意味合いを持っているということだ。
近年弥生遺跡から、アカ族の村の門に見られる木製の鳥と形状も大きさも同じものが数多く出土例されている。ひょっとして、鳥居の原型は縄文時代にさかのぼることが可能かも知れない。
鳥居と対をなす神社の存在だが、その起源も鳥居と一にする。古来は厳格な形式は何もなく、仏教の定着と共に少しずつ形をなしてきたものらしい。縄文時代は自然崇拝(アニミズム)の時代だ。今でも田舎を走ると、海に浮かぶ小島の頂上、小さな山の頂に社(やしろ)が見える。森や木や鳥に対する根源的な崇拝が少しずつ神社という形に凝縮していったと考えると、なるほどと頷ける気がする。

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